今の自分の仕事にやりがいはありますか?

やりがいとは

改めて調べてみました。

「遣り甲斐」

物事をするに当たっての心の張り合い。しがい。

三省堂「スーパー大辞林3.0」(電子辞書)より

思えば、大学を卒業して一般企業に就職しなかったのも、いったん一般企業に就職してから公認会計士を目指したのも、やりがいを求めてのことだったように思います。

組織の中で働くことや自分以外の誰でもできることでないことをすれば、やりがいを得られるのではないか、と。

その頃考えていたやりがいは、仕事をすることが楽しいとか、仕事が難しいからチャレンジしがいがある、というようなことだったように思います。

仕事にやりがいを求めているうちは・・・

監査法人に就職した当初は、「思ってたのと違う・・・」と戸惑い、仕事が楽しいとはなかなか思えませんでした。

この仕事を覚えれば、この仕事ができるようになれば、楽しく感じられるのではないか、やりがいを感じられるのではないかと必死で、自分の納得のいくまで監査調書(行った監査手続の内容、入手した監査証拠、手続の結果到達した結論を記録するもの)を作ったりしていましたが(入社当時は手書きメイン)、時間がかかるばかりで、上司からはあまり良く思われていなかったと思います。

そんなとき、あるクライアントで、勤めていた監査法人のOBがコンサルタントとして働いており、私達、監査チームのメンバーとも話をすることがありました。

その方から、

「仕事にやりがいを求めているうちは、まだまだ甘い。」

と言われました。

当時の自分は、やりがいがなくて仕事ができるの?くらいに思っていましたので、どういう意味なのかまったくわかりませんでした。

その後、様々な業務につく中で、失敗したり、クライアントの担当者とうまくいかなかったり、上司と喧嘩して監査チームから外されたりと、自分では一生懸命やっているつもりでも独りよがりでしかなく報われない、ということをいくつも経験すると、次第に、勤め始めたころのように、自分が納得いくまで何かをすることはやめました。

やったところで空回りするなら、仕事はお金を稼ぐための手段。手を抜こうとは思わないけれど、お給料に見合う労働を提供するだけであって、それ以上でもそれ以下でもない、と割り切るようになりました。仕事しかないというほどのめり込んでも何も得られないことで、自分が傷つきたくなかったからです。

そのように、仕事と自分との距離を保てるようになったことは、今思うと、悪いことではありませんでした。

今の自分にとってのやりがいとは

今の自分は、開業してひとりで仕事をしています。自分にしかできない仕事をしたいと思っていた頃に思い描いた姿に、少し、近づいているのかもしれません。

では、今の自分にとってのやりがいとは?

以前の自分は、やりがいは、仕事をすることが楽しいとか、仕事が難しいからチャレンジしがいがある、というようなものだと考えていました。

今の自分は、やりがいは、仕事そのものに対して感じるものではないと思っています。

仕事と自分との間には、相変わらず一定の距離があります。

自分を信頼してくださり、毎月顧問料をお支払いくださるお客様がいらっしゃるので、さすがに仕事はお金を稼ぐための手段、とは思いません。

仕事は、お客様を裏切らないため、信頼にこたえるために、当然にやるべきことだと考えています。その過程は、決して楽しいことばかりではありません。

しかし、その中で、時には、お客様や税務相談で応対した方などから感謝していただけることがあります。

これは仕事の神様から「ごほうび」をもらっただけであって、これを当てにしてはいけない、見返りとして求めるべきものではないと、自分に言い聞かせます。

それでも、自分のすることが誰かの役に立っているのだと、少しずつ、自分を信じられるようになります。

自分の仕事は誰かの役に立ちうるものだと信じられること。それが、今の自分にとってのやりがいです。

あの先輩が言っていたことがこういうことなのかはわかりませんが、少なくともあの頃よりも、甘さは減って成長したかな、と思います。

おわり。

今日の花

とうがらし(ナス科、原産地:熱帯アメリカ)

甘い、と言われた話を書いたからというわけではありませんがとうがらしです。丸い形や黄色・オレンジ色などのものもあります。ドライにすると実の色が濃くなり異なる味わいになります。