経歴の中でまだ書いていない、翻訳をやめたときのことです。

翻訳を始めるまで

大学在学中にバブルがはじけ、就職氷河期といわれる時代になりました。

興味のある分野もやってみたい仕事も思い浮かばず、会社に勤めて仕事をする自分の姿が想像できませんでした。

在籍していた大学の大学院には進学したいと思わず、他大学の大学院を受験したものの不合格。

それなら、唯一好きだったスペイン語で仕事ができるようになればと、大学卒業後、通訳養成スクールに通学し始めました。

その頃、雑誌で医学専門の翻訳指導を見つけました。自身が翻訳業で、成績のいい人を翻訳エージェントに紹介してくれるというシステムでした。どちらかというと読み書きの方が好きだったため、そこに申し込んで勉強を始めました。

医学専門の翻訳

医学の知識は必要でしたが、翻訳をする人が皆、医学部出身なわけはなく、勉強次第で仕事はできるようになると言われましたし、実際、少しずつ、仕事を紹介してもらえるようになりました。

ただ、スペイン語の翻訳をしたかったものの需要がほとんどなく、英語は仕事ができるレベルではなく、紹介されるのは、そこそこ需要があって翻訳できる人がいないというフランス語でした。自分としては、フランス語は第3外国語でほぼ趣味のレベルでしたので、毎回苦労の連続でした。

実績がないため、短い1、2ページの医学論文の翻訳の仕事が来るのですが、字数の制約があるせいか、そういうものほど、代名詞や省略が多かったり、1文が何行にも渡っていたりと、文章を読み解くのに膨大な時間を費やしました。

ページ数が少ないから、金曜日の夕方に発注があり、月曜日の午前中が納期。

ページ数が少ないから、かかる時間に比べて報酬は微々たるもの。

翻訳の先生は土日は質問に答えてくれない(当初は質問に答えるという触れ込みで仕事を紹介していたのに)。

結局、土日徹夜に近い作業をして自分だけで仕上げ、見返りとして得られるものはほとんどないというスタイルに、徐々に追い詰められていきました。

翻訳をやめたきっかけ

ある時、フランス語で、いつの時代のものかというほど活字が古く、辞書にも載っていない古語と思われる言葉が出てくるような、しかし分量はA4たった1ページの論文を、やはり土日徹夜に近い作業をして、そのためだけに3万円近くする本を買って、翻訳したことがありました。

いつも追い詰められて仕事をしていたため、見返して後で間違いを発見するのがこわくて、納品したものは絶対に見直さないことにしていました。

それなのに、資料の片付けをしている最中に、なぜかふと、その論文の翻訳を見直してしまいました。

すると、辞書も見ないでわかるような簡単な単語を、致命的な誤訳をしていたことに気づきました。

絶望した時に、「音を立てて崩れる」と言うことがあると思います。

その時の自分がまさにそうで、目の前が真っ白になって、がらがらと何かが崩れるような音が耳の奥でたしかに聞こえました。

それまで張り詰めていたものがぶっつりと切れて、もう翻訳を続けることができなくなりました。

その後しばらく、何をすればいいのかわからない日々が続きました。

その時、偶然、テレビから流れてきたのが、中村一義さんの「永遠なるもの」という曲でした。

あぁ、全てが人並みに、うまくいきますように。

(中村一義「永遠なるもの」(アルバム「金字塔」収録)より、作詞:中村一義)

きっと自分は特別な生き方を求めていたのだと、それを諦め、転職雑誌を買ってきて就職先を探し、出版社に勤め始めました。

そこから先のことは、「会計士になるまで」に続きます。

自分を守る盾

ひとり税理士として生きている今の生き方は、結局、人並みとはちょっと違うかもしれません。

諦めきれずに、紆余曲折した結果、今に至ります。

ただ、あの頃の、最も向こう側へ行ってしまいそうだった危ない感じと、「人並みに、うまくいきますように」という言葉は、自分にとってのブレーキになっています。

あの辺りに行きそうだよと、自分を俯瞰している自分がいたり、「人並みに、うまくいきますように」と願えばいいのに何を無理してるの?と、問いかける自分がいます。

自分を守るのは自分しかいません。

会社や組織は絶対に人を守ってはくれないと思うし、家族だって、もしかすると支えにはなるかもしれませんが、最後の最後に決断をするのはやはり自分しかいません。

諦めたり逃げたり、したくないとか、してはいけないと思うかもしれませんが、自分を壊してしまっては、もう元には戻れません。

だから、本当に追い詰められそうになったときに、諦めたり逃げたりすることに、罪悪感を感じる必要はないと思います。

あの時の目の前が真っ白になる感覚とがらがらという音は、今思い出しても、どこかが締めつけられるような気がしますが、それと引き換えに、自分の盾を手に入れることができたのかもしれません。

※次回は、2019年1月7日です。

今日の花

松(マツ科、原産地:日本)

お正月といえば松。これは根引松です。根がついていて、根を見せていけると縁起がいいそうですが、それを知ったのはばっさり切った後でした。。。来年がいい年でありますように。