続ける(続けられる)理由は、好きだから、楽しいから、だけではありません。

続けている≠楽しいから

花は好きです。

美しいから。

どれをとっても一つも同じものがないから。

人工的には作り出せない色や形をしているから。

光の方向に向かって茎を伸ばすアネモネやチューリップから、花が落ちたところから新芽を芽吹かせる枝から、命をそこに感じられるから。

では、フラワーアレンジメントやいけばなが好きか?と問われると、わかりません。

フラワーアレンジメントやいけばなが楽しいか?と問われたら、楽しくはない、と即答できます。

正確に言うと、いつもいつも楽しいわけではない、です。

フラワーアレンジメントを習い始めて2年ほど経った頃を境に、自分がアレンジしたものを見ても粗(アラ)しか見えなくなりました。「ぜんぜんきれいじゃない」と毎回毎回思うわけです。

それは、そんなに楽しいことではありません。

今はあきらめがついたのか慣れたのか、「きれいじゃない」と思ってもそれほど苦痛に感じなくなりましたが、「レッスンの日だ、わーい♪」とはなりません。

レッスンの日だから行く。義務感とかイヤイヤではありませんが、楽しみでもない。

習い始めて10年半なので、およそ8年半、そんな感じで続けています。

いずれいけばなも、楽しいとは思わなくなるだろう、と思っていました。

習い始めて1年半で、やっぱりアラしか見えなくなって、「ぜんぜんきれいじゃない」と毎回毎回思うようになりました。

まだあきらめがつかないからか、そう思うのはけっこうしんどいです。しかも月3回。

せめてひととおり習うところまでは続けようかとカリキュラムを見ると、「すべての課目について反復練習」に至るまで、あと268単位。月3回だとしてもあと7年半。長い。

ただ、1年半+7年半=9年ですので、そのころにはあきらめがつくようになって、それほどダメージを受けなくなっているかもしれません。

続けた先を見たいから

何かを極めるためには10,000時間を費やす、という法則があるらしいです。それに比べればかけている時間はまったく足りないので上手くなるわけはなく、上手くなることをあきらめるか、もっと上手くなりたいなら苦痛だろうと何だろうとそれだけ時間をかけるか、どちらかしかないのでしょう。

さて、昨年10月1日から始めた平日毎日更新のこのブログ。

気づいたら100記事を超えていました。

始めたときから、「いくら仕事が少ない自分とはいっても、3月はきついだろうな」と思っていました。

案の定、平日=火~土の更新になっていて、しかも想像以上にきつい…。

ですが、なんとか続けています。

続けると決めたから。

続けている人がいるから(負けたくない、自分だって続けられるはず)。

続けるのがつらいのは改善しなければならないところがあるから(時間管理、効率化など、やめたらそれが見えなくなる)。

続けた先を見たいから。

フラワーアレンジメントの話に戻りますが、毎回毎回「ぜんぜんきれいじゃない」と思う自分でも、たまにあるのです。

花を見た瞬間ぱっとイメージが思い浮かんで、イメージどおりにアレンジできて、その時見ても、後から写真を見ても、「ああ、きれいにできたな」と思える作品を作れる時が。

それこそ年に1回があるかないかなのですが、この時があるから、続けられているのかもしれません。

そしてそれはおそらく、ずっと続けているからこそ作ることができる作品なのだと思います。

このブログをずっと続けたらどうなるのか見てみたい。

この、3時過ぎにキーボードをたたいている苦闘(笑)の先に、何か手ごたえというか、何かが実るように、1つずつ、積み重ね続けたいと思います。

今日の花

豆の花(マメ科、原産地:地中海地方)

「豆の花」と売られていましたが、おそらく、エンドウ豆の花です。つるがすごい。そして芽が伸びる。これは昨日撮った写真ですが、左手上の方の若い黄緑色の葉の先は、伸びてさらに若葉が増えています。豆がなっているのがかわいい。