いつの頃からか、「言質を取る」ということを防御手段にしていました。

「言質を取る」とは

「言質(げんち、げんしつ)を取る」
交渉事などで、後で証拠となるような言葉を相手から引き出す
(三省堂『スーパー大辞林3.0』電子辞書版)

相手が契約や約束を反故にするかもしれないといった疑いを持ちつつ、そのときに反論できるように相手に発言させる、という意味です。

政治やビジネスの交渉の場では必要かつ重要なことだと思いますが、あまりいいニュアンスの言葉ではありませんよね。

初めてこの言葉を知ったのは、監査法人で働いていた頃です。

クライアントの経理責任者から必要な確認を取るとか(「質問」も重要な監査手続の一つでしたので)、現場に来ないパートナーに監査の方針を認めさせるとか、そんな場面だった思いますが、そうでもしないと先へ進めないからやむを得ず、という事情はあったと思います。

決めるのは誰?

税理士事務所に勤めるようになってからも、それに似たようなことはありました。

「決めるのはお客様だから」と上司から言われ、お客様が了解したと記録に残したり、逆に自分がお客様の会計・税務処理を上司に説明して了解を得て「これで言質を取った」と思いながら記録したり。

監査法人のクライアントは、経理はもちろん、その周辺分野の知識もありましたし、たとえ自分になくても社内や社外に確認する術があったでしょうから、ほぼ対等な立場であり、「言質を取る」という言葉を使っても悪くはなかったのではないかと思います。

しかし、税理士事務所のお客様はまったく違います。

たしかに、税理士には会計・税務処理を強制する権限も権利もありませんので、最終的に決めるのはお客様です。

とはいえ、通常、お客様と税理士とでは、会計・税務の知識には圧倒的に差があり、ただ単に「決めるのは社長です」と言われても、困ってしまうのが現実でしょう。

そこをなんとか理解して判断してもらえるように、十分な説明をすることが求められるのではありますが、何度言っても理解してもらえない、紙に書いて渡してもダメ、自分の伝え方が悪いのかといろいろ工夫してみても効果なし、となると、もう投げ出したくなり、つい「言質を取る」という方向に傾きます。

(まあ、そういうお客様の場合、言質となるような発言を引き出しても意味はなさそうですが。)

口が裂けても

ある研修で、講師の税理士の先生がおっしゃった言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けました。

口が裂けても「税務署が言った」と言ってはいけない。私たち税理士は、私たち自身で判断しなければならない。

一言一句このとおりではなかったかもしれませんが、こういう言葉です。

何らかの税務上の判断について、お客様自身が税務署に確認したり、手続を踏んで税理士も同席の上で税務署の見解を確認するようなケースがあると思います。

そういう難しい判断を要する事例であっても、最終的な判断は、税理士が自分の責任で行うのだと。

「言質を取る」なんて格好をつけたことを言っても、それは責任転嫁でしかなく、自分の怠慢と狡さを棚に上げているだけだと気づかされ、恥ずかしさでいっぱいになりました。

自分の名前で仕事をするということは、すべてを自分で背負う覚悟を持つということで、そういう覚悟を持って本当にここまでやってきたのかと、この先、その覚悟を持ってやっていけるのかと、今さらながら、考えさせられました。

今、この瞬間も、考えています。

今日の花

オーニソガラム(ユリ科、原産地:ヨーロッパ、西アジア、南アフリカ)

細いピラミッドのような形で、下から順に花が咲いていきます。中心から放射状に円を描くような形で花がつくものもあります。写真の細長いタイプのものは、寝かせていけると先端だけ起き上がります(これもやや曲がっています)。起き上がる植物と起き上がらない植物があるのはなぜだろう・・・。