自分に余裕がないとだめだな、と思った話です。心の余裕のことです。

苛立つ自分

年が明けてから、なぜかずっと、時間に追われているような気がします。

稼働時間は「Toggl」というタイムトラッキングツールで記録していますが、時間だけ見れば、勤めていた頃よりも明らかに短くなっています。

にもかかわらず、一日中何かに追われている感覚で、とはいえ感覚というだけでなく、ブログの更新は、いろいろ済ませてから夜やる仕事になってしまっています(まさに今日も)。

睡眠時間も少なくなり、プライベートの習いごともスランプ。今が季節の桃や菜の花は見たくもないほど。

思うようにならない毎日に、苛立つ日々でした。

受け止められない自分

そんな中、先日、お客様とお会いしたときのことです。

お忙しい方で、この日も約束の時間が過ぎていました。

普段ならそこまでのことはないのに、この日はたった5分過ぎただけで、「またか」と苛立ってきました。

お客様がいらしても、その苛立ちはどこかに残っていて、普段よりも打ち合わせは硬い調子になってしまっていたように思います。

ひと通り話を終えて、ちょっとした雑談になったところで、お客様が「最近、2日に1回くらいしか寝ていなくて。」と、ぽつりとおっしゃいました。

ああそうだったのか、と思ったものの、自分も自分に苛立つ日々の最中で余裕がなく、とっさに受け止めることができず、良い言葉を返すこともできませんでした。

そんな自分をとても後悔しました。

忙しいお客様に忙しい自分が向き合ってしまったら、お互いに不幸になってしまう。

お客様と向き合うことは心に余裕がないとできない、お客様を受け止めるためには自分自身が忙しいと思っていてはいけないのだと、痛感しました。

自分を追い詰めているのは自分

たしかに1月以降は、(まだ食べて行けるに至らない)私でさえ、比較的仕事が多い時期でした。法定調書、償却資産、給与支払報告書、12月決算、1月決算の法人、確定申告…。

昨年に比べて、確定申告のお客様は減っているものの、その分税理士会の業務を増やしているし、とっくに終わっている予定だったスポットの仕事も予定どおりにいかずに引きずっている。

さらに昨年のこの時期にはやっていなかった「ブログ」のためにも、それなりに時間を確保する必要がある。

そういう状況を客観的に把握して、少し、何かを諦めることをすればよかったのに、「諦めるのは負け」とばかりに諦めることをしなかった。

結局、自分を追い詰めていたのは自分だということです。

それに気づいて、少し諦めたことで、多少肩の力は抜けたものの、時間に追われる感覚は根本的には解決していないし、あのときお客様を受け止められなかった事実は変わらないのです。

ひとりで仕事をして、ひとりで生きていくことは難しい。

でも、それを選んだからには、自分を巡る人に対して責任があります。自分をより一層律して、覚悟を持って生きていかねばならないと思っています。

今日の花

レースフラワー(セリ科、原産地:地中海地方)

「繊細」シリーズ。「ダウカスボルドー」というレースフラワーです(忘れずにメモしてきた)。「レース」フラワーというように、よく売られているのは白い花で、本当にレースの刺繍のようなのですが、何度かチャレンジしたもののうまく写真が撮れませんでした。ボルドー色のものは初めて見ましたが、ちょっと神秘的で素敵です。