私は、公認会計士であることをもって税理士となっています。

ブログの始まりに、税理士になるまでのことを書こうと思うのですが、会計士補になったのが31歳、税理士になったのが45歳と、この間いろいろあったので、何回かに分けて書いていきます(シリーズ化するほどの中身でもないのですが・・・)。

簿記との出会い

会計士になる前は一般企業に勤めていました。仕事は庶務で、その中に、現預金と小口経費の管理、起票(複写式の手書きの振替伝票!)、記帳(手書きの出納簿!)を行う経理業務がありました。

前任者に教えられた通りに書き込めば問題ありませんでしたが、せっかくだから簿記を勉強してみようかな、ふと思い立ち、日商簿記3級のテキストを買いました。

複式簿記は、例えば、現金で文房具を買った、という取引を、「現金の減少」と「”文房具の購入”という費用の増加」とに分解し、それぞれを「借方」と「貸方」に分けて記録していくものです。元の取引は一つですので、何十、何百と取引があっても、借方と貸方の合計額は必ず一致します。

この仕組みが面白くてたちまち簿記にはまりました。3級に合格した後、すぐに2級の勉強を始め、2級に合格したら経理の仕事に転職しようと考えていました。

会計士受験を決めたわけ

しかし、2級に合格する前に、勤務先が閉鎖することになりました。

当初は3級でも応募できる経理の仕事を探そうと思っていましたが、ある事をきっかけに変わります。

残務処理の真っ只中、本社の部長が勤務先に来たのですが、突然、

「○○さん(自分の前任者の名前)」

と呼ばれたのです。すでに2年半ほど勤めており、本社の部長は毎月のように勤務先に来ていて私の名前を知らないはずはなく、実際、一度も名前を間違えられたことなどなかったのに。

一瞬面食らって、それでも「はい」と返事をしたのですが、

「ま、言い間違えることもあるよね」

とはなぜか思わず、

「私なんて「私(=小松聖代)」ではなくて、「事務員」でしかないから名前を間違えるんだ。誰がやったって同じなんだ。「私」でなきゃできない仕事がしたい。」

と思い、それなら手に職つけなきゃだめだと、資格を取ることを決意しました。

ひねくれてるというかこじれてるというか、なぜそんなことを思いついたのか、何度思い返しても不思議でなりません。

公認会計士を選んだわけ

資格といってもあてがあったわけではなく、ちょうど簿記を勉強していたのでそれが使えればと思ったくらいで、会計士と税理士のうち会計士を選んだのにも特段理念はなく、こんな3つの理由からでした。

①当時自分が持っていたイメージ

会計士→不正や間違いを見つけて正す

税理士→税金を払わないためにあの手この手を探す

会計士の方が正しい方向に物事を持っていくような気がして、なんとなくその方がいいかな、と思いました。

②会計士になればその資格を持って税理士にもなれるが、税理士は会計士にはなれない

税理士に対する自分のイメージはあまり良くありませんでしたが、それでも、目指すなら、将来の選択肢が広い方がいいと思いました。

③試験の方式

税理士試験は5科目の科目合格制で、科目合格は何年でも持ち越しできます。少しずつ勉強できるのはメリットではあるものの、あと1科目で何年も足踏みした時、踏ん切りをつけられる自信がありませんでした。

他方、当時の会計士試験は短答式(多肢選択)5科目と論文式7科目で、短答式の合格の持ち越しはできず、論文式の試験も7科目一度に合格する必要があるという1年ごとの勝負でした(現在は異なる方式になっています)。これなら、何回まで、と自分で決められると。

試験勉強を始めたのは28歳でしたので、2年で合格すれば、大学を卒業してからのもやもやした年月を全部リセットして、30歳から新しい人生を始められる。

2回受験して、ダメだったら諦めようと勉強を始めました。

会計士試験合格

結局3回目の受験で合格。予定より1年遅れの31歳で会計士補になりました。

2回と決めていたのに3回目を受験したのは、2回目に不合格となった後、ある会社の面接を受けた際、

「2回でやめちゃうの?」

と面接官から言われたのが、言われた時のその口調も含めて、あまりにも悔しかったからです。

前職とその前のアルバイトで貯めた貯金などで1年分の予備校の費用と生活費を払うからと一人暮らしをさせてもらい、朝から晩まで通信講座で勉強しました。

私が合格した頃から監査法人は人余りで、私の年は先着順の採用でしたが、翌年以降はそうでなくなり、しかも若い人の方が多く採用されていたように見受けられましたので、ギリギリのタイミングだったと思います。

もし・・・

もし本社の部長に「小松さん」と呼ばれていたら、呼ばれていなくても普通に受け流していたら。

もし面接官が違う人だったら。

今とはまったく違う人生だったかもしれません。

続く。

今日の花

ガーベラ(キク科、原産国:南アフリカ)

いけばなでもフラワーアレンジメントでもよく登場します。持ちはあまりよくありませんが、比較的お手頃価格でかわいいです。